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半沢直樹を見て、アメリカでの銀行を思い出す(そのⅠ)

[2020.08.31]

毎週日曜日、「半沢直樹」を見ています。原作はかなり前に読んでいるのですが、詳細は忘れてしまい、毎回ドキドキしながら釘付けになっています。

バブルのころ、夫の仕事の関係でニューヨークのマンハッタン島からジョージワシントンブリッジを渡った、ニュージャージー州に3年間住んでいました。夫は、日本企業とは違い個人で訪米し仕事についたので、アパートを借りるところからすべて自分たちでしなければなりませんでした。後ですぐにわかるのですが、日本の銀行、証券会社から出張で滞在された方は、われわれとはグレードが全く違い、アッパーなアパートメントに住んでいました。夫の業種でも、コミュニティーがあり、情報交換を行い助けていただきました。しかし、基本はすべて自分達で生活等の準備をしなければなりませんでしたので、アメリカの文化、社会になれるのも早かったような気がします。最初に住んだのは、マンハッタンからジョージワシントンブリッジを渡ってすぐの街Fort leeというところでした。日本人が多く、日本のスーパーマーケットもあり、住みやすいところでした。

一般に言われる摩天楼で有名なニューヨークにでかけるには、Fort leeからバスに乗ってJ.W.Bを渡りコロンビア大学医学部・病院の付近の地下鉄のステーションで地下鉄にのりその後A-trainに乗り換えマンハッタンのダウンタウンに簡単にいくことができるのです。滞在中の3年間は頻回にニューヨークを楽しみました。蛇足ですが、このA-trainは、音楽「Atrainでいこう」の地下鉄の路線番号です。

今回は銀行のことを書こうと思います。ソーシャルセキュリティーナンバー(日本でいうマイナンバー)を持っていなければアカウントは開けないのですが、日本人は日本の銀行であったら当時は口座を持てました。通帳と通帳カバーにお金を払って購入し、通帳の記載は自分で記録していかなければならず、とてもびっくりしました。日本とは違うなと思うことが多々ありました。   つづく

 

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