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3月11日 パート1

[2021.03.08]

3月に入り、2011311日に発生した震災を大きくテレビ、新聞は取り上げています。あれから10年、その日、わたしは、鹿児島市に住んでいました。確定申告を終え、海近くに建つ県庁に上り海を眺めていたところ、警報が鳴り「つなみがきます。海に近寄らないでください」と何度もアナウンスされました。それからしばらく錦江湾をみていましたが、津波はなく、いつも通りの穏やかな海でした。何か生じたことはうすうすと理解しましたが、現実には周りはなんの変化もなく、いつも通りの一日と思われました。当時、スマートフォンはなく、情報は簡単にはアクセスできませんでしたし、深刻にも考えていませんでした。同僚と夕食を食べているときに、テレビで地震、津波のことが放映され、東北地域の震災をつぶさにみるにつけ、災害規模が刻々と増大することに恐怖を覚えました。しかし、現実には住んでいる地域は何の災害もなく、通常の日常が過ぎていました。

九州は、特に鹿児島は東北地方からすると遠く感じますが、外国からは東北も九州も日本なのです。韓国と学生交流をしていましたが、日本は大丈夫か?放射能で汚染されているのではないか?とずいぶん心配され、説明には苦労しました。日本は一つと思わされました。

つづく

 

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